俳優班の話とたいぷろの話、と、それを取り合わせたことについての所感。
たいぷろの具体的な選考に関する話ではない。
ぜんぶ個人の所感、思い違いならその方がいい(かもしれない)話。
最初に書いておくとたいぷろは観ていない。
そのうち一気見でもしようかなくらいには思っていたが、今江が4次に進めなかった……というか、いわゆる悪編っぽかった、という評判を見かけて見る気が失せてしまった。わざわざ悪編見たくないし。
たいぷろ自体は興味深いというか、オーデ自体には正直そこまで興味ないんだけど、たいむれすにとっては「自分たちで新体制を決める」ということに意味があるのではないか、と思っていて、興味深い事象ではあるなと思っている。
このプロジェクト自体がたいむれすの宣伝になる、というのもそうなんだけど、それだけでなく、概念というか。。
せくぞ(あえて)って、デビュー年齢の低さやそのグループ名もだけど、CDデビューによるデビュー組扱いになった後に編成に手を入れられているという点において、運営に振り回された感が(旧Jでも特に)強いグループという印象がある。CD出したけどデビュー組扱いにならないとかデビューしたのに他のユニットにも動員されるとかもあったけど(…)、デビューのために組まれたのにデビュー後さらに編成に手を入れられる、て、デビューとは?という話である。
そういうグループが、現メンバー発案で追加メンバーオーディションをやり現メンバーが審査員をやる、というのは、見方によってはものすごい意趣返しだ。
そもそもアイドルグループって(大抵の事務所で)人事権は運営が持っていて、メンバーが行使できる部分があるとして、自分が脱退するかグループを解散させるか、くらいしかない。それが、追加メンバーオーディションを現メンバー主導でやるというのはつまり、グループに対する人事権を現メンバーが握るということで。グループに対する権限の最大化とも言える。
そう考えると、「追加メンバーが0もありえる」というのは、単なる可能性(や公式としてのexcuse)ではなく、実際に0だったとしても意味があることになる。
プロジェクトが完遂すれば(たとえその結果誰も加入しなかったとしても)、これからのグループの形を本人たちが決めた、という事実は手に入る。
や、本人たちがそんなことを考えているかは知らない(というかたぶんないんじゃないかと思う)がw、そういう経緯のあるグループだからこそ、追加メンバーを入れるという発想が出てきたりそれを実現まで持って行ったりしたのかもしれないなーとか、ちょっと思ったりする。
俳優班、というのはまぁおたく側の俗称だが、CDデビューしていないけどデビュー組(じゅにあは卒業)、というひとたちも今や結構いる。俳優班とは言われない気がするが、ふぉゆだってCDデビューしていないがじゅにあは卒業している。
じゅにあ卒業なんだから、デビュー組だよね。
少なくとも、そういう認識だったんだよね、わたしは。情報サービスもあるし(できてないひともなくなったひともいるけど、その辺は契約の話っぽいので割愛)。#言うまでもないことだけど、ただ諦めずにしがみついてたらじゅにあ卒業できたみたいな話ではない。努力と実力と(もちろん運やタイミングも)で掴み取ったのがその立場だ。
でも、ふぉゆは(王道テレビで)CDデビューを諦めてないと言ってるし、こないだこっしー塚ちゃんの同期の話でこっしーだけデビューしてないって言い方してたし、デビュー=CDデビューだという意識は感じる。(昨年ふぉゆのライブ行って、こんだけオリ曲あっても聴ける音源が(ゆーちゅーぶ以外)ないとは…?とはなったけどさあ)
なら、このひとたちの立場って何なのだ。じゅにあ卒業って何なのだ。
改めて考えるとぜんぜんわからん。
そこへ、たいぷろへの寺原今江参加である。
参加するからには頑張ってというのは大前提として(そこにマイナス感情は持ってない)、
この俳優班……というかCDデビューしていないけどデビュー組(たぶん)の立場を、事務所が積極的に曖昧にしてきたことについては、わたしは滅茶苦茶怒っている。
今江が4次進めなくても仕方ないようにも見える描かれ方だった(と、Xでの反応から受け取った)こともどうなんと思ってるけど(ネトフリのオーデ番組的描き方なのかもしれないけど、それで納得しろと言われても、ではある。お前の納得なんざいらないという話なら、まぁじゃあ見ないよね)、個人的には3人とも入らないになっても驚かないなーと思ってる。
そもそも事務所がこの3人をどう扱ってるかってところがなんか、今のところ心証がよろしくない。状況的に、じゅにあが参加できない(させない)(何故?)から(俳優班で年齢的に挑戦可能な)この3人を出させたという見方もできなくないし。かなり穿った見方だとは思うけど、そういう見方をすることは可能だし、現時点ではそれを否定する要素も見当たらない。
この辺のこと、たいぷろ自体への興味の部分も含め、外には出さないでおこうかと思ってた(少なくとも見てからにしようかなとか)けど、
昨日、じゅにあの俳優部門がいなくなったことに気づいてずーんとなって書いてしまった。
じゅにあについてもなんだか年明けどうなるんだかという感じだけど、さすがに言及しづらい。個人的にはちょっと、’98~’99あたりを思い出してるけど、そんなとこまで黄金期に寄せなくていい、というかどうせ黄金期にするんなら進化させろよ、閉塞感までセットにするなよ、とは思う。この閉塞感は、じゅにあがじゅにあである限りある程度は仕方なく、そしてじゅにあのまま売れれば売れるほど強まるものなのだろうなと思うけど、25年経っても打開できないものなんだなー……と思うとちょっと、なんだかなにはなる。
ぜんぶ個人の所感、思い違いならその方がいい(かもしれない)話。
