表紙は斗真;
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子供の頃を振り返る箇所とか、自虐的な記述を、
最初痛々しいと思って読んでいたんだけど、
ふと、これは面白味を狙って書いているのだろう、と思った。
いや面白味を狙って書くのなんて当たり前なんだけど、太宰は私が当初感じた痛々しさを暴露しようとしたわけではなく、自分のルーツを巡るような旅を紀行文として作品を成立させるにあたって、感傷的にしないように可笑しみを求めたのではないか、と。当たり前じゃんて言われるかもしれないけれど。
なんとなく、可笑しみより先に痛々しさを感じるっていうのは、つまりそう読んでる人が病んでるってことかなー、と思った(苦笑)
たけに会ったところで急展開的に終わる構成が、思い入れを象徴しているようで、印象的。
「絶望するな」は誰に対する言葉だろう。
さらば読者よ、命あらばまた他日。元気で行こう。絶望するな。では、失敬。
