@草月ホール
草月(=華道の草月流)会館というところにあるホール。最寄り駅は青山一丁目。
公式HPに座席表がないんだけど、ちょっと変わった…横に広いというか扇型みたいな客席。20番台~40番台くらいがセンターブロック(真ん中に通路あり、なお30番台は存在しない)、それより上手・下手だと死角が出る感じ。Aより前(Sで始まる列)は公演によってあったりなかったりするのかも、そこは段差なし。あと、上手下手の最後列(G?)のさらに後ろに補助席みたいのが並んでたので、当日券かも。
座席はぱたんって跳ね上げ式(?)で分厚いけど、気を抜くと沈みそう(跳ね上げが戻りそう)感がちょっとある。背もたれが低い。床はカーペットなので靴音はしないかな。S始まりと補助席(?)は平らな椅子。
ロビーは座るところは少なめ、女子トイレの個室は8か9(2~3階にあるかは不明)、自販機がちょっと安かった記憶。
仕草とか昼夜の違いとかって見方はしてないので、基本的には舞台の内容について(?)の話。
なお、諸事情により昼公演の記憶は吹っ飛んだので、具体的な事柄は(特に記載ない限り)夜公演の記憶。
なんかね、数年前ならあっくんがやってそうだなとおもった。りょうちゃんの役(平汰)。うちゅーしっくすさんの舞台仕事は全般的に「…この劇団とか主催とかいつかあっくんであったな!?」みたいのが多いけど、今回は違ったんだけどな?w(というかこれはそういう意味ではないw)
小劇場っぽい、とおもう。まあ実際小劇場から始まってる劇団ではあるんだけど(なお、草月ホールは座席表上は530席らしいので(当日券とか入れたらもう少しあるのでは)、一般的に言う小劇場には含まれないと思われる)、なんつーか、作品とか主人公の空気感というか。舞台の使い方とかっていう点では別に小劇場的ではないというか、つまりここで言ってる「小劇場」はわたしの好きなタイプの小劇場ではなくて、揶揄として言われる「小劇場」ねw
ホラーかな!?とおもった。
最初に妻子が怒鳴るのも、昇ってく平汰を妻子が喜んで待ち構えてるのも、みのりが眠って過ごすようになる(ループする)のも、これホラーなのかな!?だった。
ホラーではない、とするならば。
パンフを読む限りおそらくこれは自死した人について書くための話だから、つまり平汰にはあのエンドしかありえない。でも書いている人は残された人だから、みのりはハッピーエンドにはなれない。過去シーン以外の妻子は平汰の幻想だし最後の家族はみのりの幻想。大雑把に言えば、そうなるのかな。
まじで、平汰にもみのりにもさちよにもかなこにも全く共感できなくて(嘘、みのりとかなこはほんのちょっとできる部分もなくはない)、どう観るのがいいんだろうなー。主人公を嫌な奴にするとこういうところが辛いよなと思ったりした。物語って基本、主人公をなぞってくから、主人公が共感を拒む造形の場合、観客も違うアプローチを強いられることになるのかな、と。(はて、今(20190721)ふと思ったけど、もしかして男性は平汰に共感しながら観られるのかな?)
まぁでも、共感できなくても面白い舞台はあってつまり、共感できることは必須ではないはずなんだよね…。だからたぶん、そこではない何かが無理なんだとおもう。
昼公演はずーっと平汰(とさちよ)に苛々していた気がする(記憶がほぼ吹っ飛んでるのでやや曖昧)。今『月と六ペンス』読んでるんだけど、そのストリックランドへの苛立ちと似てる。本当に人に無関心なら、他人と関わろうとしないなら、こんなに苛々しないと思う。無関心だって、大事じゃないって言うくせに、ストリックランドは他人の嫌がることを言って楽しむし、平汰もいざとなったらあえて傷つけるようなことを言う。それって嫌な奴に見えるし、傷によるものだとしたって、見方によっては甘えだよね。全然無関心じゃないのに無関心を装うのがわたしは嫌なんだろうなー。まあ、人間味ってやつなんだろうけど?
そもそも平汰はさちよのこと愛してたのか…? 過去シーン観てもよくわかんなかったんだよな…。(さちよが平汰を愛してたようにも見えない)
夜公演は昼ほど苛々しなかった気がするけど、2回目で慣れたのか、諸事情で中和されたのかは不明。後者だとしたらじたんすごい。(…)
男の人が書いた話だなーとおもう。
男性客が晒すのは傷、女性ダンサーが晒すのは秘密、ってのがもう男のロマンな気がしちゃうし。ってかここで言う秘密ってほぼ罪と同義だよね(なお、大学時代の社会学の講義によれば、女が語り手(男)に秘密(っちゅーかなんちゅーか)を告白するのはポルノの定型である)。男性客はみんな高収入(高学歴)っぽくて、女性ダンサーはみんな高卒っぽくて露出度の高い衣装でセクシーに踊る(このダンサーに娼婦のイメージがあると思うのは偏見が過ぎるかね?)。しかもこの女性たちはみのり以外が町の酒屋のあんちゃんと関係してる。ここは『月と六ペンス』のタヒチか!? 外見や年齢をいじられるのは女性たちだけ。「誰か一人を助けたいって踊ってる」って言うのも、「みんなに一人大切な人がいる」って言うのも女性ダンサーだし。全体的にというか、前提として、女性は男性に寄り添うものとして描かれてて。男性客がその女性に惹かれた理由は傷と結びつけて語られるけど、女性ダンサーが何故彼らを選んだのかは語られない。見ようによっちゃあ、彼女たちは選んではいなくて、選ばれただけ。
あーそういえば、ママはマスターを選んでるね、「わたしの結論はあれ。何にも考えてない男がいいのよ」 マスターとママは(男性客でも女性ダンサーでもないとはいえ)傷の見せ合いに参加しないのはそういうことかもしれない。彼らとは同じところにいないから。(いやママは、原(not嘉孝)の二面性に関わってるという秘密があるのだが) ママとマスターはお互いの傷に寄り添い合う二人ではなくて、そこは男性客と女性ダンサーたちとは根本的に違う。
すーごい合わないなーと思ったのは、結婚前にさちよが平汰に愛を誓わせるのに光市母子殺害事件(の旦那)を持ち出したこと…。そんなこと言うか!?
あと、同性愛者に対して「LGBT」って茶化すように言うのとか、パパがいないときにかなこの残虐性が上がるとか、恋愛至上主義っぽいのとか、初演から価値観とか認識がupdateされてなさすぎるし、全般的に、2019年にこれ?感ある。いわゆる男性社会的な意味で小劇場的、だとは思うけど、なんか、なんでこの作品でじゃに呼ぼう(=女性客を呼ぼう)と思ったんだろう?とは思ってしまった…。
冒頭のさちよの台詞が2回とも聞き取れなくて(かなこのは2回目でやっと聞き取れた「なんならあたしもよ!」)気になる…というか、あれ聞き取れないのはどうなん…。
あとかなこは何歳なのか…。結婚生活が6年てことはせいぜい5~6歳だろうと思うんだけど、外見はしょうがないにしても、語彙がな…。いや、そこほんとに5~6歳児にしちゃうと喋れなくなっちゃうんだろうけど、うーーーん。
みのり役の谷口あかりさん、この1年ちょいで3回目…お世話になっております…。3回ともじゃに絡みだけどそのじゃにが毎回違うw やはり立ち方と声が綺麗だしダンスもさすがだった。(やっと踊る役だった)
森さん(マスター)、エネルギーの森くんだった!(剛(堂本の方)と仲良かったような記憶)(コンビが解散していることをパンフで知った)
税理士こずみん役の方も元四季だった。だから途中踊る男性陣がこずみん・平汰・みやもとくんなんだな。
のんちゃん(みやもとくん)よかったなー!
久々にバク転見た気がする。(そこ?) ポールとか女性と踊るとかレアだよね。あとさ、ポールの支柱を潜るときに頭下げるの…背高い…。バーテンダー的な店員役なので、お酒つくったりグラス洗ったりしててその仕草もよかったんだけど、ツボだったのは歯医者がみやもとくんをホモと言って下品に馬鹿にしたときに「殺意しかないですね」って酒瓶担いだとこ…。(わたしのツボがおかしいのは気にしないでください) あと、スツールを運ぶときに足で蹴り上げる仕草もスマートでよかった…。原(not嘉孝)に「昨日はご飯をのせてみた」って言われて顔覆うとこ、昼は「キャッ!><」って声がはっきり聞こえたと思うんだけど気のせい?(誰に訊いているのか)(夜は客席の笑い声のせいか聞こえず。なんか、夜は事前に笑っちゃう感じの客席だったな。リピーターが多かったのかそういう空気の読み方する客が多かったのかわかんないけど。面白さ以前に、ここ笑いどころ!って笑う感じ。)
平汰と二人のシーンは特によかったな。みやもとくん的には一番台詞の多いシーンだけど、あの台詞の言い方好き。
現世の人たちの中で、みやもとくんと原(not嘉孝)だけ、立ち位置が違うんだよね。(いやママとマスターも違うんだけど、でもちょっと、ママは女性ダンサーに近いしマスターは男性客に近い) マスターとみのり以外の店の人間と関係持っちゃう原(not嘉孝)と、女性に性的関心がないみやもとくん。記号的に言えばそうなるけど。
個人的には、みやもとくん(と原(not嘉孝))がこの物語の登場人物たちの中で特異なのは、傷を癒やそうとしないところ、かなと思う。みやもとくんは、平汰(の傷)に興味があるとは言うけれど、それに寄り添ったり癒やそうと考えたりはしていない。平汰にとっては、内面に踏み込んでこない人、なのかなと。だから、少しだけでも話す気になったのかな。平汰が原(not嘉孝)の話を聞いて話そうと思うのも、原(not嘉孝)はただ話してみてもいいんじゃないかと言っただけだからかなーとか。思いとどまれとか変われという趣旨のことは言ってない。
昇ってく平汰に男性客やママやマスターが呼びかけてるとき、みやもとくんは途中でやめるんだよね。ただ、黙って見つめるようになる。その意味は、彼がそのとき何を考えた・思ったのかは、ちょっと知りたい。
わたしはりょうちゃんに特に闇は感じないけど、空洞みたいなものは感じるときがある。
目の前のものを見てるのに、実際には見てなくてそのもっと向こうに何かを見てる、みたいなのが異様に嵌まると思ってて(ex.ミリオンさん)、それは、その空洞と呼応するからなのかなーとかいうことをちょっとだけ考えた。
昼は上手端・夜はセンター下手寄りで観た結果、昼は上手捌け口付近が死角だったことに夜気づいたw 昼は平汰が傷を語ってるときに原(not嘉孝)いない?と思ってたら上手捌け口傍にいたし、カテコの最後に中央(ポールダンスのステージ)に平汰とみのりが残るんだけど実は上手にいとうあさこさんもいたw
カテコは2回。
1回目はあさこさんが喋って、歯医者役の劇団員の方が物販の宣伝をする。
昼はあさこさん「今日平日昼ですよね?(客席に)みなさん何されてるんです…?」とか言っててw、のんちゃんは歯医者役の方(隣だった)と腕時計見たり客席見渡したりしていたw りょうちゃんが「(客席)みなさん若くて」って全然思ってなさそうに言ったときも、片手目の上に当てて客席見渡してたw あと、あさこさんが10年経ったらじゃにーずがいる、みたいなことを言ったら二人ともちょっと前に出てくるw のんちゃんは深めにお辞儀してたけど、胸張ってたこともあったな…どっちが昼でどっちが夜か覚えてない…。夜は最終的に一番前に出てるの森さん、みたいなオチだった気がする。
2回目はスタオベで、あさこさんが恐縮している…。(その横で座ってと見せかけて立ってのジェスチャーしてるりょうちゃんw)
んで、あさこさんからりょうちゃんが振られて挨拶と〆。
昼はなんか噛んでたよーな。そんで、「今日はうちのメンバーの松本幸大が来てます!」っつって、もういないかな?とか言ってたら幸大くん「いるよー!」って返事してw、どこ?とかやってたら「はーい」だか「ここにいるよー」だか、手おっきく上げて振ってた。(ついったーで見たレポだと「はーい」なんだけど、わたし「ここにいるよー」も聞いた気がするんよね…)暗い客席で返事しておっきく手振ってくれる幸大くん、いいやつだなとおもった…。わたしのいいやつって表現でこの感じが伝わるかわかんないけど。。たぶんJ列上手端かな。黒Tシャツ、シルバー(?)のネックレス、いつものレンズが青っぽいサングラス(会場内ではネックレスか襟に掛けてた)。ちなみに宍戸開氏も来ていた気がする。(ロビーで目撃)
夜は「Hey!Say!JUMPの有岡大貴が来てます!」ありーたん「呼ばないでって言ったのにー!(絶叫」あさこさん「ヒルナンデス!で会おうねー!」かわいい。やっぱりJ列上手側の真ん中くらい?(ちなみにセンター下手側はI列がいかにも関係者みたいな感じの人たちばかりだった…。) 夜の挨拶でのりょうちゃんは、3本のポール(長さが違う)を、「最終日にロビーで1000円・1500円・2000円で!」とか言い出し、あさこさんに「売るとしてもその値段じゃねーわ!」「電車乗れないし」とか言われていたw 与座さんが「つり革がもう1本」とかやってくれた…w あとは、この舞台は「いいヤツ」じゃなくて「マジでいいヤツ」なんで、SNSにもそう書いてくれ、とかw(舞台を「マジでいいヤツ」と表現するの独特だよな…)
りょうちゃんが「マジでいいヤツ」と言っているところ申し訳ないが、わたしは刺さりはしなかったな…。舞台としてそれなり楽しめはしたけども。
傷を見せ合う、という発想がわたしにはないんだけど、なんかこう、そうやって晒し合うことで仲を深めるっていうのは、男性のコミュニケーションとしてはよくある文脈なのかなー? あまり物事を男性・女性という対比で語りたくはないが。が、この舞台は男性がつくってるなーとわたしは思ってしまったのでとりあえずそういう言い方をしている…。小劇場的、と思ったのはそういうところかもしれない。わたしの中で、いわゆる小劇場的な世界は男性社会なんだよね。もちろん女性主催の劇団だってあるし、わたしのイメージが男性社会なのは単にわたしの周りとかわたしがこれまで目にしたものがそうだったからというだけなんだけど。
わたしが例えば小説とかで書くとしてこの傷をこう処理はしないな…と思ってしまったんだけど、まぁ、なら書けやという話よね…いや必ずしもそんな動機を全部実現させる必要はないんだがw たぶんわりと最近『白河夜船』を読んだからだと思うんだけど(あれは眠りの話であり、3編ともそこに死が関わっている)、どーしても、うーん違う…と思ってしまった。
あくまでも、わたしの感じ方としては、という話。
