図書館

『図書館 愛書家の楽園[新装版]』アルベルト・マンゲル、野中邦子訳(白水社)

出版社サイトの書影、手元の本と違うな?
値段も違う気がするので、わたしが買った後に変わったのかな。

 

以下は気になったところのめも。

 

ペトラルカは友人に向かってこういった。「わが蔵書は無学なコレクションではない。たとえ、その持ち主が無学であろうとも」(中略)
 愛の多くがそうであるように、図書館への愛も学ばなければ身につかない。

p.9 はしがき

 

読書を重んじる文化において、知識は文字や情報の堆積のなかにあるのではなく、また物質としての本そのものにあるのでもなく、ページのあいだから経験をとりだし、それをふたたび経験に変えるという行為にある。すなわち、外界と読者自身の内面の双方に言葉を反映させることにあるのだ。

p.89 権力としての図書館

 

モーリタニア中部、アドラル高地の砂漠にある隊商都市シンゲッティとウアダンにはいまでも、香辛料や巡礼や塩や本を運んでそこを通過した隊商の気まぐれから生じた年代物の図書館がいくつもある。十五世紀から十八世紀にかけて、これらの都市はメッカへの経路でかならず通過する地点だった。その間ずっと、通商のため、あるいは保管のために本が蓄積されてきた。

p.153 偶然の図書館

 

蔵書は、私たちの生き方が正しかったかどうかを証言し、私たちが何者であるか、どのように生きたかの証となる。蔵書は、私たちに与えられた「生命の書」に等しい。自分のものだと宣言した本を基準にして、人はいつか裁かれる。

p.177 心のあり方としての図書館

※「生命の書」は黙示録由来

 

ある文章の断片で、彼はこう書いている。「芸術作品とは、見る者に対して敵対的な動きを示すものである」。ヴァールブルクがその図書館を通じて創りだそうとしたのは、そんな敵意がなだめられない空間だった(破壊なしには達成がありえないことを十分承知していたのだ)。

p.191 心のあり方としての図書館

 

「一八九〇年の春のある夜」から始まる小説はなんだった? (中略)
 いまだに読んでいない本、今後もずっと読まないであろう本について、私はなんの罪悪感も抱いていない。私の本たちは、尽きせぬ忍耐力の持ち主である。私の寿命が尽きるその日まで、私をじっと待ちつづけるだろう。

p.231~232 忘れられた本たち

 

暗闇は話を促す。光は沈黙である――ヘンリー・フィールディングの『アミーリア』には、こんなせりふがある。「マダム、ターチェとはラテン語で蝋燭のことです」〔音楽用語でターチェは「音をださない」〕

p.245 空想図書館