『歌集 零時がきたら日付はかわる』朝凪空也(ウェルウィッチア)
特に好き。
神様は賽子を振らないらしい。運命なんて信じないけど。
キヤノンのハンディカムを首に下げし君は何者なのだ少年
残酷に時間は流れ曖昧な電気信号に全ては変わる
死にたいと思う日もあり一輪のカサブランカを右手に歩く
シンプルで嘘をつかない0と1凶暴なほど優しい心
永遠に更新されぬウェブログを眺む死だけは平等にある
位置情報全てオフにしわたくしはこの世のどこにも存在しない
共感、みたいなもの。
空っぽの脳は知識に飢え続けカラカラ渇き干からびてゆく
私でも子を孕む日が来るかしら先の見えない日々の最果て
ここでないどこかにずっと行きたくて生きたくてでもどこにもないの
たくさんの素敵な本に囲まれてやっと私は呼吸ができる
祖母のくれた揃いのカップジバンシィ期待に応えられない私
生きている気がしなくても全身で私の生は休まず進む
睡眠を安らぎと言うどうしてか悪夢を見ない前提で言う
バッドエンドストーリー読む悲しみはいつでも予習を必要とする
じゃにおたな自分と結びついちゃったもの。(…)
永遠に続くものなど無いことは知っているただ君といさせて
くちびるに歌を心に愛をもて口座に預金をできるだけもて
君とならどこまでだって行けるって信じてたんだ月が眩しい
教養と知識がなけりゃ食い物にされる世界に生きてるお前
データ処理しきれぬ脳が拒絶する一番大事な情報を今
その花は君が居ずとも根を張って生きていけるよ君は自由だ
君といる時間において永遠と一瞬は共に等しくありぬ
ちょっとだけ具体的なエピソード。(自分の話)
生物に産まれ新陳代謝して今日もパルスは正常ですか
心臓の刻むリズムと壁掛けの時計の刻むリズムは違う
心臓の鼓動の数は決まっててゾウもネズミもワタシも同じ(30歳くらいからか、毎年の健康診断で心電図の項に何か書かれるようになった。毎年何か書かれるけれど、毎年軽微らしくて医者にも特に何も言われない。毎年何か書かれるその項が、いつかわたしの心臓を止めるのだと何の根拠もなく思ったりする。
不揃いな秒針たちに急かされて心臓はきっと長持ちしない)温暖な地域に暮らしわたくしは雪のつらさを知らぬ罪人
(昨年観た舞台『大阪環状線~君の歌声が聴きたくて1985~天王寺駅編』は、2019年の雪の降るクリスマスに高校生の圭が1985年にタイムトリップするお話だった。でも主人公は圭ではなく、彼が1985年で出会う高校生・幸太で、幸太は「大阪は雪降らへんねん」と言う。2019年に戻った圭を迎えに来た、52歳になってる幸太は「大阪は雪降らんから。えらい待ったぞ」と、言う。
たしかに大阪に雪のイメージはない気がするなあ、とかわたしでも思う。)

