滝沢歌舞伎ZERO 20190413 1800

@新橋演舞場

 

第一部

 1.  オープニング 『ひらりと桜』

なんか、和じゃなくなった…。

 2.  挨拶

いわもとくん、一度でいいから発声ちゃんと習おう…。。
あと、ああいう文章ならもっとたっぷりした語りにした方が雰囲気合うと思う。

 3.  組曲

ここで!?w
わたしの知ってる組曲とはまったく振付が違ったのでたぶん別物なんだと思う。
こうやって観ると、組曲は音が革命だなと思った…元々革命の曲だからそりゃあそうなんだけど…。

 4.  殺陣(モノクロ)

すっぽんから影たん登場!影たん語り!
影たんってこんな声なんだ…?と思ったけど、ちょっと嗄れちゃってたのかもしれない。あと「揺蕩う」のイントネーションが気になった。
椿を何故か絶対黒だろ!と思ってたんだけど(何故w)白だったw
そして谷村と戦ったと思ったら次は目黒と戦う椿…なんでよりによって大きい相手とばっかり…w

戸板を3つ同時にやった意味は一体…。3つもあるし乗る・立つとき暗くて見えないし上に乗ってる時間が長いわりに倒すのはあっさりだし、戸板の醍醐味みたいなものはなかった気がする。

 5.  変面

下手袖から入ってきたときから歩き方が汚くて誰だよ!?と思ってたひとが仮面外したら目黒で頭抱えたくなった…。姿勢直して…。
3人中2人は目黒と向井だった記憶なんだけどあと1人、なんなら一番メインぽかったのが誰だったか覚えていないぽんこつ。

 6.  Maybe

この楽曲を今年もやるということにまずびっくりした。(健たん演目だと思ってたので)
でもこれよかったな…。ぶっちゃけラウとさくましか観てないので全体としてどういう感じだったのかはまったくわかってないんだけど。(おい)
(こういうダンスで)やっっっとさくまと対等に踊ってくれるひとがメンバーに現れた…!
ってちょっと泣いた。(激重モンペ)

 7.  バラード   『My Friend』

わたなべくんが歌ってる後ろで宮ちゃんがキューブフライングしてたのこれ?
笑ってはいけないだてなべ。
今年はバレエダンサーがフライングに動員されなくて本当によかった。

 8.  太鼓

二階左右にいたのは誰…1人は影たんだと思うけどもう1人誰…。
いきなり腹筋太鼓だったのびっくりした。立って叩くターンなし。顔が見えない=どれが誰だかわからないのストレスだった…。そもそも床に近いところって見えにくいのに。

 9.  DANCE    『Make It Hot』

すの。
すのはセンターをラウに統一した方がスマートというか、わかりやすいと思う。

 10. 滝沢一座  「時の架け橋」

すのの白塗り。できたひとから?抜けていくスタイル。あべさくは最後までいた気がする。
しょーちゃんは語りがめちゃめちゃ上手くなっていた。このタイミングで上手くなるって、外部舞台効果だよなー。
弁慶は影たんだったけど、牛若誰だったんだろう…。まじ全役の配役出してくれよ。

 11. 滝沢歌舞伎 五右衛門ZERO

五右衛門のほかにも五右衛門みたいな扮装のひとたちいたよね…。たぶん最初の語りで善悪がどうこう言ってたやつだと思う…というか、二勢力に分かれてたんだと思う。たぶん。

          桜の舞

あべさく女形。かわいくてきれいでよかった。たっきーの女形とはずっと解釈違いだったからな…。
ただ、あべくんは姿勢がだらしなく見えちゃってたのが残念。たぶん猫背なんだと思う。(帯が前に来る形だったのでバランスが難しかったのかもしれないけど…)
でもそこ以外はほんとよかったよー。さくまはかわいい、あべくんはちょっとおねえさん、って感じだった。

          総踊り

曲は女性ボーカルだった。(しかも複数っぽかった。グループ?)
なんつーか、いわゆるじゃに舞台でそれは誰得感ある。(革命で紫吹さんが歌ったのはさー紫吹さん主要キャストだしさー文句なしに上手いしさー)

第二部

『満月に散る鼠小僧 ~望んていたのは笑いあり、涙なし~』

 第一場  桜の江戸、鼠小僧次郎吉、散る
 第二場  鼠小僧次郎吉の葬儀

やっぱり影たんの台詞が多い感じ。

 第三場  落ち込む同心、岡っ引きたち
 第四場  押し込み

滝沢歌舞伎二幕における悪役って、わたしが観るようになった2010年からずっと同じだよね…。もしかして型ということなのか…?

 第五場  二代目鼠小僧
 第六場  大蔵家の兄弟

二幕が鼠小僧になってから何故か毎年同じキャラの金さん。
毎年キャラが違うわたなべくん。(今年は銀さん)
銀さんの「なんで僕だけ毎年キャラがぶれてるんだ!」が、わたなべくん(ありき)なんだけどでも銀さんでよかった。

 第七場  お丸の団子屋
 第八場  官兵衛たちの悪巧み

悪巧み…という語感でよいのだろーか。

 第九場  新吉の覚悟
 第十場  辻斬りに襲われる金さん銀さん

毎年思うんだけど、二幕の場割、わりとタイトルセンスが死んでるよね。

 第十一場 大詰め

決闘場所(そもそも、悪党と同心・岡っ引きが決闘とは)が滝という設定なので序盤から水流れてるし水柱のカーテンあるしみんなそこに突っ込んでくんだけど、
水、途中で決壊するからクライマックス感あってよかったのでは…?
いや義経のときは雨だったけど、あれもでも途中からだったような…。

最後、悪党たちも含めてポーズ取ってたのはどういうことなんですかね…別に改心したような描写はなかったと思うから、対立構図でないとおかしくない…?

『カーテンコール』

 「WITH LOVE」

なんでこの曲のラストでスタオベが起きるのか全然わかんないけど、これはもうこの舞台の観客の習性だよなあ、と。まぁ、わたしは前の人たちが立つと見えないから立っただけだが。

 


 

センターにいるラウの説得力がすごい。
顔がよくてたっぱもあって踊れて若くて、スペックだけ見てもそりゃあセンターだよ!なんだけど、実際センターにいるとその説得力がすごい。
いやほんと、すのはなんでラウセンターで通してくれなかったのか。ちょこちょこセンターがラウといわもとくんで行ったり来たりするの、正直言って見づらい。
ラウ踊れるとは聞いてたけど、予想以上だったなー。もうちょっと、な部分もあるっちゃあるけど、たぶんそれはいずれ筋力が解決してくれる辺りのことな気がする…。なんにせよ、あの歳であれだけ踊れてセンター張れたら言うことないでしょう。
(しかしこの舞台におけるラウの使い方、はちょっと考えちゃうところあるかもしれない。何年か前の鼠小僧でのジェシーの使い方も好きじゃなかったんだけど、今年は今年でなんだか…)
ところで目黒が一幕歌舞伎パートで総踊りにしかいないらしいと聞いてびっくりしている(すので総踊り以外に出てないのは彼だけ)…いいのかそれで。。

影たん大出世!!という感じであった。
あっちもこっちも影たん。声だけ惜しかったなー。

しょーちゃんは上述の通り語りがめっちゃ上手くなってた(たぶん歌も上手く・聞き取りやすくなってた)んだけど、舞台全体としてはわりと影が薄かった。…と思ったら3末まで別の舞台に出てた(しかも主演)ぽいので、さもありなん…。
っていうか、ぶっちゃけもう出なくてもよくない??w
とりあえずそろそろ髪切ろう。

演舞場一階センター後列に入るの久々だった気がするけど、まーーーバックが見えないw 前の人の頭でセンターも見えないけどわたし基本的にセンターそんなに観ないからwどっちかっつーとバックが見えないのが超ストレスだった。
まあ、時折にこにこ楽しそうな椿を垣間見られたのでよしとするけど…。(席はしょうがないのでな)
しかし、相変わらず個人の紹介がないのはどうにかしてほしい。あらしコンでさえwバックのじゅにあ個人名まで紹介してくれるのに…。

 

和が減ったなーという印象。
というか毎年減ってる気がする。いいのかそれで。「歌舞伎」って銘打ってるのに。
南座ではあったという浜松屋はどこへ行ってしまったのか。

たっきーって顔が見えない演出好きだよね…と改めて。たっきー出てるときは、なにがどうしたってたっきーはわかるのでwしょうがないというか、そういう演出もありかな(わたしは嫌いだけど)と思って百歩譲ってたけど、たっきーが出なくなったら許せるポイントがなくなってしまった…。いやたぶん今回だってすのはわかるようになってたんだろうけどさあ…そういうことじゃなくてさあ…。
それなり多い出演者を、それも顔がいいひとたちを、こういう使い方するって、どうなの? わたしにはこれで、バックやってたじゅにあに興味持つ客が増えるようには思えない。だって、あの子の踊りいいな、と思ってもパンフと照合すらできないんだよ、顔がわかんないから。まじせめて全員紹介くらいしてくれ…。

二幕、なんで鼠小僧だったんだろう…。なんで新しいものじゃなかったんだろう。
しかも一昨年までの二幕を観てなきゃわからないような話だし。(昨年はそもそも一昨年までを観てなきゃわからないダイジェストだったが)
劇中で、二代目が必要だ、みたいな話をして新吉に迫るんだけど。二人目、はいらないと思うんだよね。じゃにという世界ではなおさら。たっきーみたいなひと、なんて求められてないでしょう。(それは絶対にたっきーではないのだから)
この舞台全体が未だたっきーのものである、ことを象徴しているみたいでなんだかなーだった。
来年もあるなら、今度こそ違う演目でお願いしたい。義経でも将門でも鼠小僧でもないもので。

 

トリビュートって感じだった。
観る前は、主役不在に見えちゃったりするのかな、と思っていたらそうではなくて、トリビュートだった。
しかし、そこにいないスターの話をしていることには変わりない。
そもそも何故「滝沢歌舞伎」の名前を残したのか。これでは、まるですのが受け継いだものは(歌舞伎でも和でもなく)滝沢の看板だ。すのはこの先も滝沢の看板背負ってくの?

たっきーとはずっと、ずーーーっと解釈違いというか、合わないなと思っていたけれど。
たっきーが主役でなくなり裏に引っ込んだら、それがより鮮明になったというか、より辛くなってしまった。
これまではなんだかんだ、たっきーが主役としてそこにいることで許せていた部分があったんだと思う。それがなくなったら、ただたっきーの思想がダイレクトにそこにある形になってしまった。
たっきーの思想って、マッチョなんだよね。わたしも上手いこと言語化できていないけれど、とにかく男による男がかっこいいと思う男のかっこよさ、みたいな。そこでは女は必要とされていない、もしくは男に惚れる役・男をかっこよく見せる装置でしかない。
これ、この2019年に、どんなに少なく見積もっても(&回によっては修学旅行生もいるのでもっと少ないかもだけど)8割を占めるであろう女性の観客に、見せるものか?
いや、別に表現は自由だし、彼の思想も自由だし、たっきーが自分の舞台としてやる分にはいい。いやよくはない気がするけど、とにかくたっきーが自分で演って自分で責任引き受けてる分にはまあ、百歩譲れる。(そういうたっきーを観たいという客がいて、需給が成立していたのだろうし)
でも今回はそうじゃない。主演はすので、たっきーは裏の人でしかない。その舞台で、まるきりたっきーの思想全開なのは、もうなんていうか暴力に近い。だってこの舞台を背負うのはすのでしょう。どんなにたっきーがプロデューサーだって、じゅにあの会社?の社長だって、いつだって背負うのは表に立つ人間なのだから。それをたっきーがわかっていないはずはなくて、それなのにこの舞台があまりにもたっきーの舞台であることが、わたしにはとても暴力的なことに思えた。その思想に対する好き嫌いを脇に置いても、これをすのに背負わせるのがいいことだとはわたしには思えない。(舞台名に自分の名前を残していることとも繋がるけど。本当に引退したつもりなのあのひと?)
しかもその思想があれ…。なんていうか、大丈夫かなって思ってしまう。事務所もこれでいいの?って。そんなこと、考えたくなかったなあ。甘いと言われても、ただじゃにを観て眼福っておもっていられるおたくでいたかった。

(ちょうどこの舞台を観た後のタイミングで、TLに回ってきたはてブロが、2.5は女性を消費者として肯定してくれている、というような内容で、そこにはじゃにも同じように女性を客として肯定してくれているものとして挙げられていたけれど。そしてそれは基本的に合っていると思うけれど。少なくともこの舞台はそうではなかったな、とわたしは思う。じゃには(表に立つのが)男性だけなので、そこにミソジニー的なものがないと言ったら嘘だと思うけれど、それにしても今回は顕著すぎた。今年は昨年まで以上に、女性キャストの必要性を感じなかったというのもある。何年も出演していて大きな役も演っていたバトントワラーでさえ。
もちろん、わたしがそう感じたというだけだし、もしかしたらわたし以外の観客にとっては何ともない、もしくは無視してしまえるようなことだったのかもしれないけれど。でも、わたしは辛かったよ。)